きほんてきぜんりょうさまたはないてきちつじょ

基本的善良さとは…森羅万象における自然の摂理を意味し、そこには善悪で捉える【善さ】ではなく普遍的肯定という圧倒的な善良さが、森羅万象の根底には大河のように流れているという概念である。例えば朝日を見上げると気持ち善くなるのは、真逆の夕日を見届けると気持ち悪くなるからだろうか?また水辺の川の音が心地善いのは、真逆の焚き火が燃える音がうるさい騒音だからだろうか?違うはずである。散歩が気持ち善いのはその真逆に歩かずに、布団で寝てる時が気持ち悪いからだろうか?違うはずである。このように相対するものに一切依存せずに発祥してるマルフトやティフェレトそしてケテルの中心感覚を貫く、ある種のユニバーサルな美的感性を、ユニバーサルデザインつまり森羅万象のフォームを整える内的秩序=基本的善良さとも宇宙海賊団では教わり『天行健』とも表現される意味合いでもある。そしてこの基本的善良さが最も詰まった現象こそ五臓六腑なる上虚下実の人体の形成であり、人体端末理論における重心論を支持する母体となる呼吸の叡智でもある。ゆえに基本的善良さとは悪い事を心配するあまりに善い事を信じたり期待したり、また悪い状況を変えるために善き方法を探したりする意味での『善き事』では全くない。むしろそういった脳内振り子現象とは全く無縁な峻厳なる自然界の無の活動法とも言える【国破れて山河ありφ自我破れて人体あり】の有機物や無機物を繋ぐ目耳鼻口では捉えられぬ内なる秩序である。よって基本的善良さとは下腹重心となった触覚にのみ受け取れるある種の安心立命であり安堵でもある…いざここにこそ平常心の球体観あり。