がしゃってる/がしゃつく

ガシャってるとは知行不一致まとまりのない人生態度を指す言葉であり、ちぐはぐな空回ってる状況や言動その行動について指す言葉でもある。おもに各々の人生背景の感受やタイミングや度合いそして距離感を無視していて、一方通行な観測選択連係を試みると大抵の場合ガシャつくものであり、ボディフィギュアの相性の理解や、自分史解析そして真摯な想念観察を怠った結果としてガシャってるのが私達の日常である。ガシャつくのを未然に防ぐには、何よりも周囲からの頼まれ事や、その責任と自由の境界線である関係性の状況を観察し傾聴し、の自分の現在地を真摯に知り、積極的に勇気をもって対話し多角的な事実を承認し調整していくことである。それが縁時流ことに繋がり、旬を生きる事にもダイレクトに繋がっている。ゆえにガシャってる人は間抜けであり場違いであり、お門違い配役違いを連発してしまう。しかしこのガシャりを、蹲踞体育や叡智学習で鎮めていくと次第に間合いやタイミング、そして度合いという『旬』を頭重心で逃している事を肌感覚で察知し始め、その是か非の二分割で捉えていた世界観では、目の前の回転には乗れない理りが弁え踏まえられるようになっていく。そしてこのガシャつきは、ただ事実を裁かずにその状況を認めること、その状況のなか変えられる事柄をまず集中してやり抜く事、すぐ変えられない事柄は即座に受け入れ、変えていける確率をマスタリーロードを意識しただ高めていく事。驕らず浮き足立たず、様々なこの文明の物の哀れに深く悲しみ…落ち着くこと…その爽やかな絶望を携え、それでも可能性の光を捨てずに、ノンドラマティックに下腹重心を育てあげた稽古場、寺子屋にはガシャつく事とは無縁の知行合一の旬を縁時流…あの(マスターポール)を周り舞う心地良さ、学ぶ楽しさが待っている。それはまさに!間に合い、息…合い、掛け合える、阿吽の呼吸telepath発動の的を得る瞬間でもある!!