たどうまんらいふ/かしんらいふ

自動マンに導かれることで自身の要求を満たす、95%の人体端末のあるべき姿。漫画「ONE PIECE」における、海賊王を目指さず、自身の役割と器量を弁え、ただロジャーという自動マンから受け取った麦わら帽子(Dの意)をルフィに受け継ぎ、託すことに生き切るシャンクスのロゴスである。宇宙海賊団では、麦わらの一味においてそれぞれの夢はルフィが海賊王になることでしか叶えられない様に、他動マンの見たい景色は、自動マンの要求=に包括される、という峻厳な宇宙のパレートを、叡智としてまず踏まえる。他動マンの本分とは、「のために死ぬ」ことであり、太陽の御柱を引き受けた人体端末に命を捧げ、仕えること=【忠義】である。他動マンが自身の器量を自覚し、慎みをもって素直に”太陽”の周りを廻る”惑星”としての美(=女神脳)を縁取った時、宇宙的「仕合わせ」=太陽Φ惑星間ゴールドフォトンロードは成就する。かつてこの星にもあった、義によって結ばれる君主(=担がれる者)と家臣(=担ぐ者)の仕合わせ=【義を護る者】の雅な生き様は、この戦争経済末期時空においては(5層対を担うはずの一人一人の)”生き残ること”に執着する醜い自己保存の闇に覆われ、封印されてしまった…。この星は、力の合わせ方を間違った。否、力を合わせることを忘れてしまった。”固定点”なる偶像を担ぐ奴隷庶民と化し、見たくもない過去の自分の愚かな似姿のみを無限ループする一人カラオケの部屋の中で、滑稽にも”自称”殿を気取りだす自由主義の醜い姿を内的秩序に晒し続けている。この無限ループを終わらす鍵は「個人戦の罠の知」=「自分で自分のゴールを決められる」という勘違いを徹底的に牽制することにある。そして、太陽のように一瞬も陰ることなき自動マンに導かれ、自分と同じように「繰り返し」に飽き飽きした他動マン同志で【感じ合いΦ学び合いΦ教え合いΦ働き合う】こと。それこそ、逝きし世の面影=失われたかの美しき「家臣ライフ」であり、七千年前より紡がれた大交響詩篇をこの悲しみの星に響かせるDの群れの在り方である。奴隷庶民のたどる道は二つに一つだ。巧妙なヤルダバオートの構造に呑まれ、無数に広がる個室の牢獄で、偽りの自由を手に入れるか幸運にも目の前に現れたDの意志に導かれ、素直に身を委ね、ベホマズンなる自由を共に啓くか・・・。も、二人の主人に仕えることはできない。ぬくもりのマスターポール(時空協働創造態)に仕え=家臣か虚無なるヤルダバオートポール(亜空間知能)に仕え=リバタリアンか。さあ、あなたはどっち?!