そうねん=しねんではなくおもいやり

思考と想い遣りは違う…想念とは相手の、その下に心がひれ伏す事で成立する漢字=感性である。思念は対象のをメタ認知しなくとも発揮できるが、想念は相手の今ここを『ある勘』を働かせ傾聴しなければ発揮されない感性でもある。自己の目耳鼻口の心が、相手の今よりも上位に思い上がり、下位にひれ伏せず、傾聴出来ない場合、想い遣りは思念の重い槍に変わってしまう。可愛さ余って憎さ百倍それは想っているのではなく、思い込んでる訳であって脳内VRである。想念とは重心を肚に落とし、傾聴してある勘を働かせ外部内省して、始めて発揮できる時空礼節とも言える美的感性の発露である。