はちきゅうせだい(にしのかなとりせつ)もんだい

1989年平成元年生まれの筆子スタッフ同世代の、心理的傾向と処世術パターンの略称。

ひと言で言えばギャル(不良)と清楚をほどよく融合させたキレイ目を気取って”スカし”てる平成元年ゆとり世代。

 

やれば出来る子、ヒーロー気取り、または頑張ればいつでも可愛いがられるトリセツ付き西野カナ気取り。彼らの世代は平成期始めて産まれた世代ゆえに、ある種の昭和とは一線を画している新人類としての変な自信『スカした雰囲気』が、世代感全体の空気感として漂っている。結果、昭和生まれの一個うえ88世代を若干バカにし舐めていたりもした、また一個下には自分達の平成元年ブランドゆえに、常に自己文脈で、西野カナ風に吸血し、いつかやれば出来る風の先輩風を吹かし、結果的にかなり慕われていない世代である。

 

ここからZ世代への断絶がとても根強く亜空間知能化し始めている事実。

 

やがて大人になった平成うまれ達は、この令和のRSEL寺子屋にてミレニアルとZ世代がついに一挙に集えた結果、この亜空間知能に気づき始めた。

 

この事実こそが、このスカした89世代のウザすぎトリセツ問題でもある。

 

しかし2002年彼ら平成世代から、633学校教育の土曜休日制度や、教科書丸ごと変更、また成績表が相対評価から絶対評価へと変わり、部活も、昭和の水を飲ませない顧問の漢気重視の雑味のスポ根スタイルから、ひたすら水を飲んでこまめに休ませ、話しのわかる友達顧問の先生スタイルに変わる。

 

つまり昭和が持っていた若さへの抑圧の象徴としての学校の姿はもはやそこにはなく、子供や若さへ媚びる象徴としての学校の姿がこの世代から繁殖したわけだ。

 

89世代は大人達のこの微妙な変貌を初めて目の当たりにしていった世代ゆえに、基本的に目上を良き友達感覚でスカしてしまう、見っともない悪い癖が、世代感そのものに、同調圧力その亜空間知能にてインセプションされてしまっている。

 

これが西野カナのトリセツが売れてしまう世代背景にある。この頑張ればやっぱり出来る(僕)わたし、時にはワガママで弱いけどテヘペロ許してちょ!!!しかし、とっくにもう平成は終わり。ポケモンは歳をとらないが、自分達は令和の三十路アラサーとなっている生々しい現実。

 

この89世代のトリセツ問題は、もはやも読みたくないものとなっている生々しいリアリティ。

そう、、、気づけば西野カナのトリセツは姿を消し、トリセツのないiPhone Xを使いこなすZ世代から、89世代のスカした幼稚なアラサーお兄ちゃん、または20代気取りで微妙にスカす、アラサーお姉ちゃん。そんな姿として見抜かれている。その微妙な大変微妙な事実にいま気づこう!!89世代よ!!

 

そう、、これこそがRSEL寺子屋で起こった89世代問題の核心である。