びどりょく

 

美努力とは誤努力に対する対語ともなる言葉であり、中心感覚ともいえる。それはNOBUとKAZUをして自身の現在地(自因自果)を理解し、そこからの続き目(寝床から目を覚ます前から始まっていた…遠退いた縁と近づいている縁が、この瞬間編み出されているという時空)を、身体の形BFの違う他者と課題を棲み分けて、明晰に明認しちょっとゴット=微努力(等身大の出来る因縁果)を積み重ねる行動のことであり、これを美努力とRSELでは定義している。

 

美努力家とは過度な自信も過度な劣等感も持たずにちゃんと見たくない現実を中庸で認め、見切った上で一人一時空を柔軟に大切にしスムーズに安定供給の努力(無事是名馬なり)ができる者である。

 

、目の前の時空の結果は紛れもなく、その人体端末から立ち上げ続けた観測の実力で、5層の対称性における関係性(肉対、個対、組対、地対、時対)を時空に結んだ(同意した)5層対量子の認知世界である。

 

その現象結果は陰謀のせいでも毒親や、社会や会社のせいでももちろんない。キチンと額を冷静に、胸を熱く、臍を重くして、いろんな角度、いろんな対称性(肉対、個対、組対、地対、時対)から関係性を紡いでいく事を、真摯に学べれば今まで偏って見えてなかった別の縁起の見方や、結び方、解き方(行動)が、必ずわかる時が来るというメタ認知もまさに美努力である。

 

誤努力家はその自身の体の状況と時空の状況が結びついて動き続けてる時間と空間のリアリティに、正直解像度を上げて精細に向き合うちょっとゴットの認知努力が、やはりめんどくさいのがリアルで、目の前の状況を、他責や自己否定や無謀な行動や棚上げして問題処理するのが体の癖になってしまってるグループや個人のことを指す。

 

逆に美努力家はまずは足腰の体育から始まり、時空礼節や課題(重心)の棲み分け、五層対の理解そして(自因自果の結び目)から続き目となっている今の関係性への集中的な準備実行後始末の(ぬくもり、忍耐、気配り、叡智)のある行動によって、良因と良縁が自ずから重なる協奏感覚を軸に、日々臍感覚の温かな肌感を頼りに近づく努力を怠らず、適切なタイミングでが叶っていくことを冷静にメタ認知し、自覚しているグループや個人の事を指します。

 

そして美努力家は常に過去に囚われず過去に学び

、未来を憂えず不安な未来と対称性を破る今を対生成する無事是名馬ちょっとゴットをする。智略、情熱、本能を携えて、没頭し堪能し白熱しつつ兜の緒を締め地に足つける感性がほとばしるグループや個人の事を指します。

 

さてこれらを踏まえ、

今あなたは美努力できてますか?

はたまた勘違いした誤努力になってませんか?