きょせい=だあと

虚整とはカバラで言うところのダアトを意味していて、十整球円中的に整丹である根っこが張れてないと4D・5D・6Dなど五層対レベルの複合的な動きが見えない言葉酔い・妄想・妄念になってしまう勝手な多幸感、霊肉二元論であり悪魔教つまり虚が整う→虚整という落とし穴の定となっている。

そして実は法則上、整問からしか虚整ダアトは越えられないようになっていて、問いを持つことで虚整ダアトを越える事が可能になる。

なぜ整組への道はこの整業からは登っていけないのかというと?胆力が足りず、問いをもたず望まれてないことに自己解釈でつっこみ、身勝手に上位に行こうとする働きをしてしまう(出しゃばり)が自ずから生じてしまうからである。
そうすると結果的に虚整ダアト(個人戦の罠)にハマる訳である。
だからこそ問い(自己対話)を整業よりも上に持つことが大事なのである。

この虚整の人体シンボライズは前頭葉固定点目耳鼻口脳海馬・心・思考・霊肉二元論・一人称障害それである。
だからこそ【この望みは望まれているか?常に新しい問いを創ること】それがこの虚整ダアトの沼(落とし穴)を乗り越えるマスターキーとなっている。

この問いを意味するのが十整球円中の整問(せいもん)でありまさに正門(せいもん)と重なる。
この整問からしか、上位の世界線なる整組整国整歴には行けないぞ!と踏まえる事。
まずこの正門を開けてもらうこと。こちらからは門は開けられない、ノックすることはできるが向こう側からしか開けてもらえない。この時空法則を踏まえる事である。

この虚整・ダアト(無知偽善個人戦の罠)にハマるとただただ虚しさだけがやってくる。
でしゃばり、助け合えず、機度間(旬)を逃してしまう。結果ただチグハグな「虚勢」を張っているだけの人生になり果ててしまうのです。

RSELで学ぶ者はこの整問なる問いを持ち続け、この虚勢ダアトの落とし穴に陥る軌跡を鮮やかにエレガントに回避し続ける。かの時空の叡智を学びます。
それが『文明を創るものたち…』あの宇宙海賊団の重心を整える姿でもある。