にぶんしん

私達が自我や心と呼ぶものの構造を表す言葉。その構造は常に現実を肯定や否定で2分割させ相対し合う事で、人生の生々しさを経験的対称性の破れ(高解像度記憶情報)の蓄えではなく、予定的対称性の無限ループ(低解像度記録情報)として劣化させ蓄えさせる仕組みとなっている。

 

私達はこの二分心(肯定否定)を相対的に振る事によって私的感情を生み、私的思考をつくり(頭のおしゃべり)を増幅させていく。

 

その結果つねに二分心の先には他者現実を知覚しない温かみのない課題の同一化と仮想現実、幼児願望セカイ系が目の前の暮らしに付いて回る。

 

二分心は人と人の間にある、貴重な経験や記憶を受信するにはあまりに低機能な脳のおしゃべりである。この二分心を静めるのに有効なのが背骨デジタルデトックス、下腹重心ウェアラブル【蹲踞】である。