さまりあじん

サマリア人とは慎み深き、良き隣人を表す言葉であり、基本的善良さを肌触りで素直に感じて、、ただ目の前にいる他者をかけね無しで、人体賛美なる礼節をくみつつ、等身大の己にせめて出来るアシストを愚直に取り組める『ええ奴』の総称である。

 

しかしそんな『ええ奴』ゆえに、世の中の汚さを踏まえ、貪欲に学び抜く叡智必須の自覚がおざなりになっている大変無知な者が多いとマスター響は常々指摘する。ファリサイのやり口のスキをついてワイルドに生き抜く勇気や海賊的な豪胆さに欠ける事が多いのもこのサマリア人の特徴でもある。

 

その結果、小さく収まっている事(地対、時対の歴史を学ばない事)に悪気を感じないというサマリア人の土着的な素朴すぎる感性にも共通点がある。のくせに偽の為政者や暴利を貪りぼる者への直感的な洞察が働いたりする。ゆえに貧乏陰謀論にハマりやすいという特徴もある。

 

しかし、この悲しみの星の歴史はサマリア漁師やサマリア羊飼いサマリア百姓の一揆ごときでは、残念ながら文明が起こった形跡もなければ、ファリサイらに知力、気力、体力で逆襲し辱め、心底ひれ伏せさせた実績も皆無である。

 

彼らは学習不足の自因自果ゆえに、絶えず支配され搾取され続ける時空ループを『幸せという言語束縛』で安易に肯定する。そんな偽善なる奴庶民根性がDNAレベルで、すでに7世代ほど染み付いてしまっている。

 

その総意こそが時代の流れや戦争経済問題を無視した庶民派の幸せという言葉には詰まっている。彼らサマリア人が描く幸せというニュアンスは、常にファリサイらが描く暴利の詐欺概念『自由、平等、博愛』の狡猾三大ルールに喜んで首輪をつけてもらう生き方にピッタリと相似形である。

 

これだから残念である…いつの時代でもサマリア人は、ファリサイらに騙され利用され蹂躙されて来た歴史がある。

 

だからこそサマリア人こそDの叡智(歴史行動学)を真摯に猛勉すること、下腹重心蹲踞で育成し、胆力なる気を放つカラダ構えを習得すること。

 

そうして邪気(亜空間知能)を読める武将や天女の器になり、ファリサイの戈を止める布武を成し遂げる宇宙海賊へと脱皮すること。

 

このためにRSEL寺子屋で主催されるD叡智への質問公開講をサマリア人会と呼んでいる。さぁサマリア人よ宵もDなる宇宙海賊へと大いに叡智な質問をなされるがいい!!!ファリサイに騙されぬように…